ボーダーコリーの毛色遺伝学と健康なブリーディングへの取り組み
はじめに — 毛色は「見た目」だけの問題ではない
ボーダーコリーの毛色は実に多彩である。漆黒のブラック&ホワイトから、深みのあるチョコレート、銀灰のブルー、淡く幻想的なライラック、燃えるようなレッド、そして独特の斑模様を描くブルーマール。その色彩の豊かさは、この犬種の大きな魅力のひとつであることは間違いない。
しかし、毛色は単なる美的要素ではない。
毛色を決定する遺伝子の中には、犬の健康に直結するものが存在する。ダブルマール(M/M)が引き起こす視覚・聴覚障害、カラーダイリューションアロペシア(CDA)に関連する皮膚疾患、そして過剰なホワイトマーキングと難聴の関連性――これらはすべて、毛色遺伝子の組み合わせによって引き起こされるリスクである。
ROSCH KENNELでは、霧島国立公園の自然に抱かれた環境で、科学的根拠に基づくボーダーコリー専門のブリーディングを行っている。「美しさ」と「健康」は対立するものではなく、正しい知識と適切な遺伝子管理によって両立できるものだと考えている。本稿では、ボーダーコリーの毛色を決定する7つの主要遺伝子座を科学的に解説し、健全な繁殖のための実践的な知識を共有する。
犬の毛色を決める仕組み — メラニン色素の二態
犬の被毛の色は、基本的に2種類のメラニン色素の量と分布によって決まる。
- ユーメラニン(Eumelanin) — 黒色〜褐色系の色素。被毛だけでなく、鼻鏡、眼瞼縁、口唇、足裏のパッドにも沈着する。
- フェオメラニン(Phaeomelanin) — 赤色〜黄色系の色素。明るいクリームからディープレッドまで幅広い色調を示す。
すべての犬の毛色は、この2つの色素の生成量、分布パターン、修飾(希釈・変異)の組み合わせによって決定される。そして、それぞれのメラニン色素がいつ、どこに、どれだけ作られるかを制御しているのが、以下に述べる7つの遺伝子座である。

ボーダーコリーにおけるユーメラニンの基本色は、遺伝子の修飾によって以下の4つに分類される:
- ブラック — B/B または B/b × D/D または D/d(非希釈の黒)
- チョコレート(ブラウン/レバー) — b/b × D/D または D/d(TYRP1変異による茶色化)
- ブルー — B/B または B/b × d/d(黒の希釈版)
- ライラック(イザベラ) — b/b × d/d(茶色の希釈版)
基本色の判定には、被毛だけでなく鼻鏡、眼瞼縁、口唇、パッドの色素沈着を観察することが重要である。ブルーの個体は灰色のスレート状の鼻を持ち、ライラックの個体はピンクがかった褐色の鼻を示す。
7つの遺伝子座 — 毛色を決定する遺伝コード
E遺伝子座(Extension) — メラニン色素の切り替えスイッチ
関連遺伝子: MC1R(メラノコルチン1受容体)
E遺伝子座は、被毛にユーメラニン(黒系色素)を生成するかどうかを制御する最上位の遺伝子座である。
| 遺伝子型 | 表現型 |
|---|---|
| E/E | ユーメラニン発現(他の遺伝子座に基づく色) |
| E/e | ユーメラニン発現(キャリア) |
| e/e | フェオメラニンのみ → イエロー / レッド / クリーム |
e/e の個体は、他の遺伝子座(A, K, B, D)にどのような遺伝子型を持っていても、被毛はフェオメラニンのみで構成される。つまり、遺伝子型上は「ブラック&ホワイト」であるべき犬が、ee-レッドとして生まれてくることがある。
ボーダーコリーにおけるee-レッドは、ゴールデン・レトリーバーのような温かみのある赤褐色〜金色の被毛を示す。鼻鏡の色はB遺伝子座とD遺伝子座の影響を受けるため、ee-レッドでもブラックノーズ(B/-)の個体とブラウンノーズ(b/b)の個体が存在する。

繁殖上の注意点: ee-レッドの個体はユーメラニンベースの毛色パターンが表現型に現れないため、背後に隠れた遺伝子型(マールキャリアなど)を視覚的に判別できない。これが「クリプティックマール」問題の一因となる。DNA検査による確認が不可欠である。
K遺伝子座(Dominant Black / β-Defensin 103) — 色彩パターンの制御塔
関連遺伝子: CBD103(β-ディフェンシン103)
K遺伝子座は、A遺伝子座のパターンが発現するかどうかを決定する「ゲートキーパー」的な役割を持つ。
| 遺伝子型 | 表現型 | A遺伝子座の発現 |
|---|---|---|
| KB/KB | ソリッドブラック(全身ユーメラニン) | 抑制される |
| KB/kbr | ソリッドブラック | 抑制される |
| KB/ky | ソリッドブラック | 抑制される |
| kbr/kbr | ブリンドル(縞模様) | 部分的に発現 |
| kbr/ky | ブリンドル | 部分的に発現 |
| ky/ky | A遺伝子座に依存 | 完全に発現 |
KB(ドミナントブラック)が1コピーでもあれば、犬の被毛はソリッドカラー(全身同色)となり、A遺伝子座のパターン(タンポイント、セーブルなど)は抑制される。
ボーダーコリーで最も多い遺伝子型は ky/ky であり、A遺伝子座のパターンが完全に発現する。ブリンドル(kbr)はボーダーコリーでは非常に稀だが、存在はしている。

A遺伝子座(Agouti / ASIP) — 多彩なパターンの源泉
関連遺伝子: ASIP(アグーチシグナリングペプチド)
A遺伝子座は、K遺伝子座が ky/ky の場合にのみ表現型に現れ、被毛のパターン(模様)を決定する。ボーダーコリーで確認されている対立遺伝子は以下の通りである。
| 対立遺伝子 | 名称 | 表現型 | 優性順位 |
|---|---|---|---|
| Aw | ワイルドセーブル | 各毛が黒と黄の縞帯を持つ(狼のような野生型パターン) | 最上位 |
| Ay | フォーンセーブル | 赤褐色〜金色の被毛、毛先にだけ黒いティッピング | ↑ |
| at | タンポイント | 黒のベースに眉上・頬・胸・四肢に淡色(タン)のマーキング | ↓ |
| a | レセッシブブラック | 全身ユーメラニン(ソリッドブラック) | 最下位 |
ボーダーコリーの典型的なブラック&ホワイトは、多くの場合 a/a(レセッシブブラック)または KB による表現型である。トライカラー(ブラック&ホワイト&タン)は、K遺伝子座が ky/ky で、A遺伝子座が at/at または at/a の場合に発現する。

繁殖上のポイント: セーブル(Ay)はタンポイント(at)に対して優性であるため、セーブル×タンポイントの交配からはセーブル子犬が生まれる可能性がある。外見からは判別しにくい場合があり、DNA検査による確認が有用である。
B遺伝子座(Brown / TYRP1) — チョコレートの遺伝子
関連遺伝子: TYRP1(チロシナーゼ関連タンパク質1)
B遺伝子座は、ユーメラニンの色調を決定する。正常型(B)ではブラックのユーメラニンが生成されるが、変異型(b)ではTYRP1酵素の機能が低下し、ユーメラニンがチョコレートブラウンとして発現する。
| 遺伝子型 | ユーメラニンの色 | 鼻鏡の色 |
|---|---|---|
| B/B | ブラック | ブラック |
| B/b | ブラック(キャリア) | ブラック |
| b/b | チョコレート / ブラウン | レバー(茶色) |
重要なのは、B遺伝子座の影響はユーメラニンのみに作用し、フェオメラニンには影響しないという点である。そのため、b/b の個体でもタンマーキングやセーブルの赤褐色部分はほぼ変わらない。変化するのは黒い部分(および鼻鏡、眼瞼縁、パッド)のみである。
ボーダーコリーでは、TYRP1遺伝子に**複数の変異(bs, bd, bc)**が報告されており、いずれもホモ接合またはコンパウンドヘテロ接合でチョコレート表現型を示す。
D遺伝子座(Dilution / MLPH) — 色彩の希釈
関連遺伝子: MLPH(メラノフィリン)
D遺伝子座は、メラノソーム(色素顆粒)の細胞内輸送に関わるメラノフィリンタンパク質をコードしている。変異型(d)ではメラノソームの分布が不均一になり、色素が「薄まった」ように見える希釈効果が生じる。
| 遺伝子型 | 効果 | ブラックベース | ブラウンベース |
|---|---|---|---|
| D/D | 非希釈 | ブラック | チョコレート |
| D/d | 非希釈(キャリア) | ブラック | チョコレート |
| d/d | 希釈 | ブルー | ライラック(イザベラ) |

D遺伝子座には d1 と d2 の2つの変異型アレルが報告されている。ボーダーコリーでは主に d1 が関連するが、一部の犬種では d2 のみで希釈が起こる場合もある。繁殖管理においては、両方のアレルを検査対象に含めることが望ましい。
カラーダイリューションアロペシア(CDA)との関連
希釈色(ブルー、ライラック)の個体は、カラーダイリューションアロペシア(CDA) と呼ばれる皮膚疾患を発症するリスクがある。CDAは、メラノソームの異常な凝集が毛包を損傷することで起こる進行性の脱毛症であり、主に希釈色の領域に限局して発生する。
ただし、以下の点を強調しておきたい:
- CDAは d/d のすべての個体に発症するわけではない
- CDAの発症には D遺伝子座以外の**修飾遺伝子(modifier genes)**が関与していると考えられている
- 適切な系統管理を行えば、ブルーやライラックでも健康な個体は多数存在する
- 「希釈色=不健康」という単純な等式は科学的に正確ではない
ROSCH KENNELでは、希釈色の繁殖犬については家系のCDA発症歴を徹底的に調査し、リスクの低い系統のみを繁殖に使用している。
M遺伝子座(Merle / PMEL17) — 美しさと危険の二面性
関連遺伝子: PMEL17(SILV/GP100とも呼ばれる)
M遺伝子座は、ボーダーコリーの毛色遺伝学において最も重要かつ最も注意を要する遺伝子座である。マール遺伝子は、PMEL17遺伝子へのSINE(短鎖散在反復配列)の挿入によって引き起こされる。このSINE挿入の長さ(ポリAテール)が異なることで、複数のアレルバリアントが存在する。

マールのアレルバリエーション
近年の研究により、マール遺伝子は単純な M/m の二項対立ではなく、SINE挿入の長さに基づく連続的なスペクトラムであることが明らかになっている。
| アレル | SINE長 (bp) | 表現型 | 健康リスク |
|---|---|---|---|
| m (非マール) | — | ソリッド(マールなし) | なし |
| Mc (クリプティックマール) | 200-230 | 外見上ソリッド、またはごくわずかなマールパッチ | 低い |
| Mc+ (アティピカルマール) | 231-246 | 薄い/不規則なマールパターン | 低い |
| Ma (アティピカルマール) | 247-254 | 不完全なマールパターン | 中程度 |
| Ma+ | 255-264 | マールに近いパターン | 中〜高 |
| M (クラシックマール) | 265-268 | 典型的なマールパターン | M/M で高リスク |
| Mh (ハールクインマール) | 269+ | 大きな白色領域を含むマール | 高リスク |
クリプティックマール(隠れマール)の問題
クリプティックマール(Mc) は最も注意すべき存在の一つである。このアレルを持つ犬は、外見上は完全にソリッドカラー(マールに見えない) であるにもかかわらず、遺伝子型としてはマールアレルを保有している。
もしクリプティックマールの犬が「ソリッド」と判断され、別のマール犬と交配された場合、予期しないダブルマールの子犬が生まれるリスクがある。
特に ee-レッド(E遺伝子座 e/e)の個体では、マールパターンがフェオメラニン上に現れにくいため、クリプティックマールの見逃しが起こりやすい。これは「ファントムマール」とも呼ばれ、DNA検査でのみ確認できる。
ダブルマール(M/M)の健康リスク — なぜマール同士の交配は避けるべきか
ダブルマール、すなわちマールアレルをホモ接合で持つ個体(M/M)は、重篤な健康障害のリスクを持つ。

聴覚障害: マール遺伝子は色素細胞(メラノサイト)の発達に影響する。内耳の蝸牛(コルチ器)にはメラノサイトが存在し、正常な聴覚機能に不可欠な役割を果たしている。ダブルマールではこれらのメラノサイトが欠如するため、蝸牛の血管条が変性し、先天性感音難聴が発生する。片耳性の場合もあれば、両耳性の完全聾の場合もある。
視覚障害: 眼球の発達にもメラノサイトが関与しており、ダブルマールでは以下の眼科的異常が報告されている:
- 小眼球症(Microphthalmia) — 眼球の発育不全
- 虹彩欠損(Iris Coloboma) — 虹彩の一部欠損
- 瞳孔形成異常(Dyscoria/Corectopia) — 瞳孔の変形・偏位
- 水晶体異常 — 位置異常や欠損
- 網膜異形成 — 網膜の構造的異常
白色被毛面積と障害リスクの相関: 研究により、頭部周辺の白色被毛面積が大きいほど、聴覚・視覚障害のリスクが高いことが示されている。これは、頭部領域のメラノサイト欠如が感覚器官の発達障害に直結するためである。
マール交配のルール
| 交配パターン | 結果 | リスク |
|---|---|---|
| m/m × m/m | 全子犬 m/m(ソリッド) | なし |
| M/m × m/m | 50% M/m(マール)、50% m/m(ソリッド) | なし |
| M/m × M/m | 25% M/M(ダブルマール)、50% M/m、25% m/m | ⚠️ 25%がダブルマール |
| M/M × m/m | 全子犬 M/m(マール) | なし(親犬がダブルマール) |
原則: マール × マールの交配は行ってはならない。
ただし、マール × ソリッドの交配は完全に安全であり、美しいマールパターンの子犬を健康的に作出できる。マール遺伝子そのものが危険なのではなく、ホモ接合(M/M)になることが危険なのである。
S遺伝子座(White Spotting / MITF) — ホワイトマーキングの範囲
関連遺伝子: MITF(小眼球症関連転写因子)
S遺伝子座は、被毛における白色マーキング(ホワイトスポッティング)の範囲を制御する。ボーダーコリーの特徴的な白いブレーズ(額の白線)、カラー(首の白い襟巻き)、ソックス(足先の白)は、すべてこの遺伝子座によって決まる。

| パターン | 説明 |
|---|---|
| ソリッド(S/S) | ほぼ全身が有色、最小限の白 |
| アイリッシュスポッティング | ボーダーコリーの典型パターン。ブレーズ、カラー、チェスト、ソックス |
| パイボールド(sp/sp) | 大きな白色領域。体の50%以上が白い場合も |
| エクストリームホワイト | ほぼ全身が白色。ごく一部にのみ有色部分が残る |
過剰なホワイトと聴覚障害
M遺伝子座と同様に、S遺伝子座による過剰な白色マーキングも聴覚障害のリスクと関連する。メカニズムはダブルマールと同じで、内耳のメラノサイト欠如が原因である。
特に、頭部と耳周辺が完全に白い個体では、先天性感音難聴のリスクが有意に高くなることが報告されている。ボーダーコリーのブリーディングにおいては、ホワイトの量を適切な範囲に管理することが重要である。
遺伝子型と表現型の組み合わせ — 代表的な毛色と遺伝子型
ここまで解説した7つの遺伝子座の組み合わせにより、ボーダーコリーの多彩な毛色が決定される。以下に代表的な毛色パターンとその遺伝子型を示す。
| 毛色名 | E | K | A | B | D | M | 鼻鏡 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ブラック&ホワイト | E/- | ky/ky | a/a | B/- | D/- | m/m | 黒 |
| ブラックトライカラー | E/- | ky/ky | at/at or at/a | B/- | D/- | m/m | 黒 |
| チョコレート&ホワイト | E/- | ky/ky | a/a | b/b | D/- | m/m | レバー |
| チョコレートトライカラー | E/- | ky/ky | at/- | b/b | D/- | m/m | レバー |
| ブルー&ホワイト | E/- | ky/ky | a/a | B/- | d/d | m/m | スレートグレー |
| ライラック&ホワイト | E/- | ky/ky | a/a | b/b | d/d | m/m | ピンクがかった褐色 |
| ブルーマール | E/- | ky/ky | a/a | B/- | D/- | M/m | 黒(部分的にピンク斑あり) |
| レッドマール | E/- | ky/ky | a/a | b/b | D/- | M/m | レバー |
| スレートマール | E/- | ky/ky | a/a | B/- | d/d | M/m | スレートグレー |
| ee-レッド | e/e | — | — | B/- | D/- | m/m | 黒 |
| セーブル | E/- | ky/ky | Ay/- | B/- | D/- | m/m | 黒 |
※ 「-」は優性アレルまたは任意のアレルを示す。
交配シミュレーション — 実践的なケーススタディ
ケース1: ブラック&ホワイト × チョコレート&ホワイト
父犬: ブラック&ホワイト(B/b, D/D, a/a, m/m) 母犬: チョコレート&ホワイト(b/b, D/d, a/a, m/m)
B遺伝子座のパネットスクエア:
| b | b | |
|---|---|---|
| B | B/b | B/b |
| b | b/b | b/b |
→ 50% ブラック(B/b)、50% チョコレート(b/b)
D遺伝子座:
| D | d | |
|---|---|---|
| D | D/D | D/d |
| D | D/D | D/d |
→ 50% D/D、50% D/d、0% d/d — 希釈色の子犬は生まれない
予想される子犬: ブラック&ホワイト(50%)、チョコレート&ホワイト(50%)。ただし全子犬がDdまたはDD。Dd同士を将来交配すればブルーやライラックが出る可能性がある。
ケース2: ブルーマール × ブラック&ホワイト(安全な交配)
父犬: ブルーマール(B/B, D/D, a/a, M/m) 母犬: ブラック&ホワイト(B/b, D/d, a/a, m/m)
M遺伝子座:
| m | m | |
|---|---|---|
| M | M/m | M/m |
| m | m/m | m/m |
→ 50% マール(M/m)、50% ソリッド(m/m) → ダブルマールのリスク: ゼロ ✅
他の遺伝子座を加味すると、この交配からは**ブルーマール、ブラック&ホワイト、チョコレートマール(B/bの場合)**の子犬が予想される。
ケース3: ⚠️ マール × マール(禁忌交配)
父犬: ブルーマール(M/m) 母犬: レッドマール(M/m)
| M | m | |
|---|---|---|
| M | M/M | M/m |
| m | M/m | m/m |
→ 25% ダブルマール(M/M) ⚠️ 聴覚・視覚障害の高リスク → この交配は絶対に行うべきではない
毛色遺伝に関する誤解を解く
「希釈色は病気になりやすい」— 半分正しく、半分間違い
ブルーやライラックの犬がCDA(カラーダイリューションアロペシア)のリスクを持つことは事実である。しかし、すべての希釈色の犬がCDAを発症するわけではない。CDAの発症にはD遺伝子座以外の修飾遺伝子が関与しており、家系による差が大きい。
健全な系統管理のもとで繁殖されたブルーやライラックのボーダーコリーは、非希釈色の個体と同等に健康で長寿であることが多い。毛色だけで犬の健康を判断することは、科学的に適切ではない。
「マールは危険な色」— 正しい理解が必要
マール遺伝子そのものは危険ではない。ヘテロ接合(M/m)のマール犬は、健康上のリスクが非マール犬と変わらない。危険なのはホモ接合(M/M)のダブルマールであり、これはマール同士の交配を避けることで100%防止できる。
マールを「危険な色」として一律に否定するのではなく、正しい遺伝学の知識に基づいて管理することが重要である。
「ティッキングとマールの混同」
ティッキング(T遺伝子座)は、白地の部分に小さな有色斑点が散在するパターンである。遠目にはブルーマールに似て見えることがあるが、メカニズムは完全に異なる。
- マール: 有色部分がランダムに希釈され、明暗のパッチが混在する。毛はメラノソームレベルで変化。
- ティッキング: 白色部分に小さな有色ドットが点在する。被毛の色素細胞の二次的な遊走による。
経験の浅いブリーダーがティッキングの強い犬を「マール」と誤認し、マール犬との交配を避けてしまう(またはその逆)ケースが報告されている。正確な判定にはDNA検査が最も確実である。
「ツイード」の正体
「ツイード」と呼ばれるパターンは、マールの中で異なる色調の大きなパッチが混在する表現型を指す。これは独立した遺伝子によるものではなく、**マールアレルの体細胞変異(ソマティックリバージョン)**によって生じるものと考えられている。SINE挿入のポリAテール長が体細胞分裂中に変化することで、異なるマール表現型のパッチがモザイク状に現れる。
DNA検査の実際 — 毛色遺伝子パネルの活用

毛色遺伝子のDNA検査は、現在では口腔スワブによる検体採取で簡便に実施できる。ROSCH KENNELでは、Orivet社の毛色パネルを中心に以下の遺伝子座を全頭検査している:
- E遺伝子座(MC1R)
- K遺伝子座(CBD103)
- A遺伝子座(ASIP)
- B遺伝子座(TYRP1 — bs, bd, bc変異)
- D遺伝子座(MLPH — d1, d2変異)
- M遺伝子座(PMEL17 — SINE挿入長の定量)
- S遺伝子座(MITF)
これらの検査結果は、すべての繁殖犬について100%公開されている。透明性は信頼の土台であり、科学的ブリーディングの根幹をなすものである。
よくある質問(FAQ)
Q: マールの子犬が欲しいのですが、健康面で心配です。
A: マール(M/m)の個体は、非マール犬と同等に健康である。心配すべきは**ダブルマール(M/M)**であり、これはマール×ソリッドの交配を徹底することで完全に防止できる。ROSCH KENNELのマール犬は全頭DNA検査済みであり、マール×マールの交配は行わない。安心してお迎えいただきたい。
Q: ブルーのボーダーコリーはCDA(皮膚疾患)になりやすいと聞きましたが本当ですか?
A: CDAのリスクは確かに存在するが、すべてのブルー犬が発症するわけではない。CDAの発症には遺伝的な家系背景が強く影響する。ROSCH KENNELでは、CDAの発症歴のない系統のみを繁殖に使用し、リスクを最小化している。
Q: 親犬の毛色から生まれてくる子犬の色は予測できますか?
A: DNA検査により、両親の遺伝子型が判明していれば、生まれてくる子犬の毛色バリエーションを高精度で予測できる。ただし、各子犬に実際にどの色が発現するかは確率であり、完全にコントロールすることはできない。それが自然の持つ豊かさでもある。
Q: ee-レッド(ゴールデンレッド)の犬がマールかどうかは見た目ではわからないのですか?
A: その通りである。ee-レッドの個体はフェオメラニンのみで被毛が構成されるため、マールパターンが視覚的に現れにくい。DNA検査が唯一の確認手段であり、ee-レッドの犬を繁殖に使用する場合は必ずM遺伝子座の検査を実施する必要がある。
Q: 「レアカラー」として高額で販売されている毛色がありますが、どう思われますか?
A: 毛色の希少性に過度なプレミアムを付けることは、健康より外見を優先する繁殖を助長するリスクがある。ライラックマールやブルートライカラーなどの希少色は美しいものだが、それを「目的」として無理な交配を行うべきではない。色は結果であって目的ではない。健康で気質の安定した犬を作出した上で、遺伝子型の組み合わせにより自然に生まれてくる色を楽しむべきだと考える。
ROSCH KENNELの繁殖方針 — データは嘘をつかない
- 全繁殖犬に遺伝子検査を実施 — 遺伝性疾患15項目以上 + 毛色遺伝子7座
- マール × マールの交配は絶対に行わない — ダブルマールのリスクをゼロに
- キャリア × キャリアの交配は行わない — 遺伝性疾患の発症リスクをゼロに
- すべての検査結果を100%公開 — 透明性は信頼の土台
- 近交係数(COI)を管理 — 遺伝的多様性の維持と近親交配の回避
- CDA発症歴のない系統のみで希釈色を繁殖 — 家系データに基づく判断
- HD/ED(関節評価)を全頭に実施 — 毛色以外の健康管理も万全に
繁殖計画の基本軸は「ブラック」に置きながら、データに基づいた計画的な組み合わせを徹底している。これにより、美しく健康で、世代を超えて安定した血統を維持している。
おわりに — 科学が守り、自然が育てる
ボーダーコリーの毛色遺伝学は、奥深く、魅力的であり、時に複雑な健康リスクを伴う。だからこそ、単なる見た目の追求ではなく、科学・データ・自然の調和を重視したブリーディングが必要である。
犬と人との絆を科学と自然の調和の中で未来へと継承していくこと――それがROSCH KENNELの使命である。犬たちが霧島の自然の中で健やかに走り、次世代へと受け継がれる。そのための努力を、日々続けている。
参考文献・リソース
- Langevin, M. et al. (2018). “Merle phenotypes in dogs — SILV SINE insertions from Mc to Mh.” PLOS Genetics, 14(2).
- Clark, L.A. et al. (2006). “Retrotransposon insertion in SILV is responsible for merle patterning of the domestic dog.” Proceedings of the National Academy of Sciences, 103(5), 1376-1381.
- Strain, G.M. (2004). “Deafness prevalence and pigmentation and gender associations in dog breeds at risk.” The Veterinary Journal, 167(1), 23-32.
- Schmutz, S.M. & Berryere, T.G. (2007). “Genes affecting coat colour and pattern in domestic dogs: a review.” Animal Genetics, 38(6), 539-549.
- Everts, R.E. et al. (2000). “Identification of a premature stop codon in the melanocyte-stimulating hormone receptor gene (MC1R) in Labrador and Golden retrievers with yellow coat colour.” Animal Genetics, 31(3), 194-199.
- Philipp, U. et al. (2005). “Polymorphisms within the canine MLPH gene are associated with dilute coat color in dogs.” BMC Genetics, 6, 34.
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